BE-UNCOOL.com代表わたなべまさのりのバイオグラフィー
(本人による)





10才まで少なくとも5年間ピアノのレッスンを受ける。


1981年 初めて音楽に衝撃を受ける。音楽が大好きに。ピアノをまた弾きはじめる。すぐに最初のバンドをはじめる(ドラム担当)。


1982年頃 学生の時にバイトを始め、稼いだお金のほとんど全てがお気に入りミュージシャンのレコードに姿を変える。ライブを観に行くようにもなる。


1984年 別のバンドに加入。この活動は約10年続き、自主運営によるライブも毎年行う(そこではサウンドエンジニアリングも担当)。


音響技術専門学校でサウンドエンジニアリングなどを2年間勉強。


最初のフルタイムの仕事として、テレビ、ビデオ、ラジオの番組にレコードから音楽を選んでつける音響効果の仕事を約5年間(時々作曲も)。この仕事では、好き嫌いに関係なく、ありとあらゆる音楽を聴くことが求められた。その結果、次々と音楽を発見する。


CDショップ(HMV)のスタッフとして約8年間。ワールドミュージック、ジャズ、DVDなどのセクションのバイヤーや店頭スタッフなどを担当。さらに音楽を発見していった。


1995年頃 お気に入りミュージシャンのライブを観るためなら地球上のどこへでも行くようになる。家で待ってるのはやめた。日本と諸外国とでは、ライブの行われ方に結構ちがいがある、と感じ始める。


インディペンデントのレコード会社(Cocoronetworks)の創設メンバーになる。A&Rやプロデューサーとして1年強経験を積み、その他必要とされるあらゆる役割も担う。その間、大手レコード会社(東芝EMI、ビクターエンタテインメント、BMG)とも仕事をする。一緒に仕事をしたミュージシャンはKitaro(喜多郎)やKohalaなど。(Kohalaの日本でのプロモーションツアーをマネージする。)


フリーランスの立場で自分がいいと思う音楽をプロモート、紹介。


2005年 家族の事情で全ての仕事を休業。この状態は約5年間続いた。全く意外なことに、この事情によって自分はそれまで以上にライブを観にいける時間が持てるようになったので観にいった(年に30〜50回とか)。


この約5年間に次のようなことが起こった。これらは、自分がライブのプロモーターになることを決心するのに影響したかもしれない。


音楽に何かを還(かえ)したいと思うようになった。できればより決定的な方法で。音楽がたくさんの素晴らしい時間を自分にくれたからだと思う。


たくさんのライブを経験するうちに、ライブの行われ方や、ライブやその周りで起きていることが、日本と諸外国とでは結構ちがうということがはっきりしてきた。


CDの役割が変わった。録音された音楽の役割が変わった。音楽の聴かれ方が変わり、ミュージシャンとリスナーの結びつき方が変わった。


録音された音楽では、真に優れたミュージシャンと三流ミュージシャンとのちがいがますます無くなってきた。編集修正技術の広まりによって。


ライブのプロモーターになるなら、数えきれない回数のライブを世界中で観てきた経験が自分のアドバンテージになるかも、と気が付いた。


以前の自分の仕事に戻る必要が無くなった。


2010年 BE-UNCOOL.com株式会社を設立。





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